20081001

ヴィニフレート・ワーグナー

● エーリッヒ・シャーケ(著)渡辺一男(訳)(2002)『ヒトラーをめぐる女たち』 TBSブリタニカ





 ヴィニフレート・ワーグナー(Winifred Wagner)(1897.6.23~1980.3.5:82歳)・・・(pp75~102)

(p.77a) 「彼女は1897年6月23日に英国のヘイスティングスで、ドイツ人女優と英国人技師の娘として生まれた。・・・しかし、ヴィニフレートがまだ2歳にならないうちに両親は死んでしまう。少女は、ロンドンで質素に暮らしていたデンマーク人の祖父のもとへ行く。しかしこの老人には、幼い子供の面倒を見ることは耐えがたい重荷と感じられた。彼は絶望し、子供と心中しようとさえ考えた。結局、老人は孫娘を孤児院に入れる決心をし、少女は10才になって休暇を機にそこを離れるまで、ずっとこの孤児院で過ごした。のちに彼女がこの時期について語ることはほとんどなかったが、おそらく思い出したくなかったのであろう」

(p.77b) 「20世紀初頭の孤児院では子供が保護される一方、また辱められ、虐待されることがよくあった。それはヴィニフレート・ウィリアムズが幼少期の初期という大事なときに、アドルフ・ヒトラーと非情に類似した環境で過ごさなければならなかったことを物語っている。事実もしかすると、無意識だったとしても、この両者の環境が、夜の更けるまで語り合ったというワーグナーのオペラよりもずっと、緊密なふたりの絆を作り上げたのかもしれない」

(p.93) 「ヴィニフレートはアドルフ・ヒトラーの右隣に座っていた。こうして彼女は、ヒトラーが癇癪の発作を起こすと自制心を失ってしまうさまを目の当たりにすることになった。口角泡を飛ばし、顔を醜くゆがめて、ヒトラーは副官を罵倒した。総統は気が狂ってしまった、とフリーデリントは怖くなった。彼女は心配そうな目を向けたが、ヴィニフレートは、何もきこえなかったかのごとく平然としていた。まったく落ち着き払って、彼女は自分の皿を見ていた。ヒトラーの発作はおよそ10分間続き、それから彼はあえぎながら、疲労困憊してその場にくずおれた。誰もひとことも発しなかった」