● エーリッヒ・シャーケ(著)渡辺一男(訳)(2002)『ヒトラーをめぐる女たち』 TBSブリタニカ
★ クリスタ・シュレーダー(Christa Schroeder)・・・囚われの秘書 (pp.311~329)
◆ (p.312) 「クリスタの本名はエミーリエ・フィリピーネであったが、彼女はこの名前がどうも気に入らなかった。彼女はクリスタ、あるいはまれにクリスティーナと呼ばれた。北ドイツの出身で、1908年3月19日にハノーファーシュ・ミュンデンに生まれた。彼女は母親のもとで育てられ、父親を知らなかった。母親との関係もまた格別情愛のこもったものではなかった。エミーリエ・フィリピーネは厳しく育てられ、少女が望んでいた愛情は与えられなかった。」
◆ (p.314) 「クリスタ・シュレーダーは、次にヒトラーに会ったとき、写真にサインをしてくれるようにと頼んだ。ヒトラーはサインをする前に、彼女のファーストネームを尋ねた。『それが、いやな名前なんです』と彼女は言った。『エミーリエというのです』『おやな名前などと言ってはいけませんよ』とヒトラーが応じた。『とてもすてきな名前ではありませんか、わたしの最初の恋人の名前ですよ』」
◆ (p.324) 「クリスタ・シュレーダーは、数年以上にわたって、このようにヒトラーに魅了されたことについて、のちに次のような説明をした。『ヒトラーは磁石のように人を惹きつけるカリスマ性というたぐいまれな天賦の才の持ち主だった。さらに第六感、そして彼にとってしばしば決定的であった透視の直観を備えていた。彼を脅かす危険を察知し、大衆の密かな反応を神秘的に感じ取り、そして対話の相手を説明のつかないやり方で魅了した。彼には霊媒の感受性があり、同時に催眠術師の磁性をあわせもっていた。』」
◆ (p.327) 「70年代にクリスタ・シュレーダーは、速記で記録したものの多くを通常の文字に書き換えた。彼女は友人や知人から、ヒトラーについて知っていることをすべて書き記すようにせきたてられていると感じていた。しかしこの作業は彼女にとって気の重いものであり、何度も抑鬱状態に陥った。結局彼女は次の結論に達した。『アドルフ・ヒトラーの〈素顔〉を明らかにできるとわたしが考えたのは誤りだった。それはとにかく不可能である。なぜなら彼はあまりにも多くの顔をもっていたからだ』」
◆ (p.328a) 「またクリスタ・シュレーダーは次のようにも書いている。『わたしはけっして政治に関心のある人間ではなかった。当時わたしが関心をもったのは、ひとえに人間としてのヒトラーだった・・・』長年ヒトラーの傍らにいた多くの者たちが、のちになってからこのように人間と殺人者とを区別した。しかし人間と殺人者、それは同一人物であった。そして犠牲者たちが、彼らを殺害させた男には実は親切な面もあって、協力者たちにちょっとした贈り物をし、女性には心をくすぐるようなお世辞を言っていたという事実を知ったとしても、それは何の慰めにもならなかったであろう。『わたしが体験したことに対して、わたしは多くの距離を保つことが必要だった』とクリスタ・シュレーダーは記録の最後に書いている。『しかも過去がまだ現在であった当時からすでに』」
◆ (p.328b) 「もし、クリスタ・シュレーダーおよび他の数百万の人々が距離をおく姿勢をとらなかったならば、もし、彼らがナチズムによってなされた戦慄すべき事件をわが身のこととして感じていたならば、世界の歴史は異なる様相を呈していたかもしれない。自己からは距離をおいていたからこそ、ヒトラーの肯定的な面に熱狂し、他の側面を無視することが可能だったのである。これとは逆に、身近なものとして見れば、犠牲者の苦しみは見逃し得なかったであろうし、彼らの叫び声を聞き逃すこともなかったであろう。身近さは共感を可能にする。そして共感は人間として行動する勇気と力を与えてくれるのだ。」
