● グイド・クノップ(著)高木玲(訳)(2001)『ヒトラーの共犯者(上)---12人の側近たち』 原書房
【ハインリッヒ・ヒムラー】 <実行者> (pp.151~212)
◆ (p.156) 「ハインリッヒ・ヒムラーはなんといっても、一つの悪であった。彼は自発的な執行者であり、みずからは手をくださずして、何百人も殺害した。彼は現在でも〈いかにもドイツ的〉と思われる特徴をそなえた男であった。実際的で正確、義務感をそなえ、権威に従順、規律正しく、清潔であった。」
◆ (p.160) 「『彼はつねに品行方正で、性格はきちょうめんな勤勉さを示した。』(1919年7月15日ギムナジウムの卒業証書)」
◆ (p.156) 「彼の熱意と知性、きちょうめんで愛すべき性格は多くの成績証明書で強調されている。この少年に何らかの暴力的傾向が証明されたことなど一度もなかった。彼の同級生だったドイツ系アメリカ人歴史学者ジョージ・ハルガートンは、後に、この温和な級友をこんな風に回想した。『彼は考えられるかぎりでもっとも優しい仔羊だった。虫一匹殺せないような少年だった』」
◆ (p.174) 「『ヒムラーは本来おとなしい印象の人で、自信があるとか、軍国主義的だとか、粗暴だとかでは、まったくありませんでした。彼はむしろ内気で小市民的な物腰の人でした』(トラウドル・ユンゲ:ヒトラーの秘書)」
◆ (p.164) 「ヒムラーは愚かではなかった。しかし彼の批判能力には、どちらかといえば、限界があった。彼が求めたのは複雑で急速な世界の変化に対する単純な説明であった。」
◆ (p.166) 「彼は歴史を自分の好きなように歪曲した。〈ご先祖ならこんなときどうしただろうか?〉というのが、問題の決定が待たれている時に、ヒムラーがよく口にした常套句であった。」
◆ (p.168) 「ミュンヘン一揆の際、将軍廟へ向かう行進に加わったが、・・・目立たないヒムラーに国家機関の手が及ぶことはなかった。彼は小者とみなされていて、そのことで悩んでいた。『ぼくはただ口がうまいだけのおしゃべりで、エネルギーもない。ぼくは何をしてもうまくいかない』(彼の日記)」
