● グレン・B・インフィールド(著) 中山善之(訳) (1975) 『ヒトラーが愛した女(上)(下)』 白金書房
◆ (上巻)(p.13) 「エヴァ・ブラウンは、第三帝国の謎の女性で、息をのませるようなこの美人を。ヒトラーは人前に出さなかった。彼女の存在に気づいていたのは、彼とごく親しい仲間だけであった。」
◆ (上巻)(p.57) 「ヒトラーがエヴァをはじめて見たのは、彼女が梯子にのぼって、高い棚の一つからフィルムの箱をとりだしているときのことだった。ホフマンは彼の目が、彼女のスラリとのびた脚を下から上へとゆっくりと移動し、まるくかたくしまった腰の品定めをし、そして最後にキチンとブラッシングをした髪の毛の中心にとどまるのを見つめていた。ヒトラーが彼女の顔を見たがっているのが読みとれたので、彼は彼女に声をかけた。『おりておいで、エヴァ。お使いに行ってきてほしいんだ』 彼女は肩ごしに振り返ってホフマンと彼のわきに立っている男性を見た。そして二人に微笑みかけた。ホフマンはヒトラーがエヴァの顔が気に入ったことを、要するに気をひかれたことを、すぐに見抜いた。彼は梯子をおりてくる彼女にジッと見入っていた。ところが、彼女が床におり、二人の方に歩きだすと、ヒトラーはカウンターの上の何枚もの写真に熱心に見入っているふりをした。」
◆ (上巻) (p.58) 「エヴァはヒトラーのとなりの椅子にすわり、小さなグラスにビールをついでもらい、ソーセージを二本受けとった。ヒトラーは彼女とさりげなく話そうとしたが、かしこまった感じがした。彼はいつものことで、男女を問わず、誰が相手でも、軽い調子で話すことができなかった。幸いなことに、エヴァは明るく軽い調子で誰とでも話しができた。彼女の年頃の娘にしては珍しいことだが、彼女は自分のとなりにすわっている”年配の男”が、くだけた態度をしようとしているのだが、どうしたものかわからずにいることをすばやく見抜き、自分の方から心をくばっていた。」
◆ (上巻) (p.62) 「エヴァが、ヒトラーの名前を夕食のテーブルで無邪気に口にすると、彼女の父親は怒りたけった。『ヒトラー?お父さんは彼と道の同じ側を歩く気がしない。彼は狂信者だ!』」
◆ (下巻) (p.116) 「いまやヒトラーが無敵でないことがはっきりするとともに、彼の仲間の多くは総統や第三帝国のことより、自分の今後の身の上を考えはじめるようになった。しかしエヴァは、状況が悪化すればするほど彼に対する支持を強めていった。ヒトラーの側近は、たがいに疑い合うようになるにつれて、総統の指導力にも疑問を、もちはじめ、彼を暗殺する計画すらたてられたが、エヴァは沈みがちな彼の気力と自信をもりたて、ドイツ国民が思い描いている総統のイメージにふさわしい外観と姿勢を保たせ、さらには度かさなる怒りの激発の後に気持ちをしずめるために、あらゆることをした。これまで以上に彼女は、彼の動機や彼がおこなっていることの是非とは関係なく、自分の愛する人に献身した。彼が虚無感と破壊本能にとらわれるとき、彼女はいつも彼のわきにひかえていた。」
◆ (下巻) (p.133) 「エヴァが自分にとっては、戦場での新たな勝利よりも、あなたの健康の方が大切だ、と言うと、彼は彼女をながい間ジッと見つめ、やおら口をきいた。彼の両の目には、深く温かみのある光がさし、彼の声はやわらかくもの静かなものになった。『そんなことを言ってくれるのは、君一人だ。君だけだ、心配をしてくれるのは』 彼が人前でこんなにやさしい言葉をかけてくれたのは、これまでになかった。」
◆ (下巻) (p.150) 「彼が部屋を出ていこうとすると、エヴァが足ばやに歩みより、彼の両手を手にとった。悲しんでいる子どもに言ってきかせるように言葉をかけた。『しかし、ご存知でしょう、私はあなたと一緒にとどまります。私は絶対に離れませんよ』 その瞬間に、ヒトラーはエヴァのうえにかがみこむと唇にキスをした。同席していた者たちは、彼がこんなことをするのを見るのははじめてだった。」
