● グイド・クノップ(著)高木玲(訳)(2001)『ヒトラーの共犯者(下)---12人の側近たち』 原書房
マルティン・ボルマン (pp.173~230)
◆ (p.176) 「全国青少年指導者だったアルトゥール・アクスマンが5月2日の朝3時頃、レールター駅近くで重大な発見をした。ちょうど夜が明けはじめた薄暗い光の中で、彼はひとりの男がヴァイデンダム橋の線路に横たわっているのを見つけた。のぞき込んでみるとマルティン・ボルマンだった。見まちがうことなどぜったいにありえない、とアクスマンは語った。ボルマンは士官用上着に階級を示すものは何もつけていなかった。はぎとって、人物が確認できる証拠をすべて消し去ったのだ。死体に傷はないようだった。・・・1945年晩秋の尋問で、かつての全国青少年指導者の語ったことなど誰もまともにとり合おうとしなかった。」
◆ (p.178) 「彼は舞台裏で働く男、まさに闇を求める男だった。総統の影になり、彼は同時代人の人々から身を隠していた。実際彼を知っていたのは、アドルフ・ヒトラーのごく近くにいる者たちだけだった。」
◆ (p.193) 「マルティン・ボルマンに残されているものは何もなかった。彼に与えられた立派な肩書きの響きはよかったが、実際は重要なポストではなかった。彼に予定されている指揮権はこれから作り出さねばならなかった。・・・彼(ヒトラー)は側近たちが権力と影響力をめぐって争うのを好んだ。部下を争わせておけば、総統としての彼の地位はさらにゆるぎないものになった。」
◆ (p.194) 「ボルマンは権力の定義が曖昧なおかげで逆にどこにでも積極的に参加できることをすばやく見てとった。調停人として働く者に、争っている者は情報を与え、とり入らねばならない。調停人はさらに、敵対者たちの駆け引きを把握し、傷ついている点を見つける。この関門で働く者は何を許可して通し、何を通さないかを決めることができるのだ。」
◆ (p.196) 「メモ用紙と鉛筆をたずさえて、彼はたえまなくメモをとった。総統の副次的な言葉の一つ一つが彼には十分重要で記録しておくべきものに思われた。時がたつにつれ、ボルマンのメモ帳は山のように積み上げられた。ついに彼は専用のファイルケースを〈総統の言葉〉でいっぱいにした。・・・ボルマンはこのメモのおかげで、次第に自由裁量で独自の行動がとれる余地を増やしていった。ボルマンはメモを見出し語に従って整理してあったので、必要に応じて、適当な総統の発言を保存カードから引き出し、ちょっとした陰謀を働かせて、事態を彼にとって都合のよい方向にもっていき、順調に進めることができた。党員の中から出てくる批判など彼は意に介さなかった。というのは、どの場合も、この記録をもとに、適切な総統の言葉を用意していたからだ。」
◆ (p.210) 「たとえすべての総統の指示が実行されてしまっても、総統はあいかわらず総統だ。彼がいなかったら、われわれはどこに行ったらいいのだろう。」
◆ (p.221) 「1943年春、ヒトラーはついに彼を公に、実質的にはずっと以前からそうであったものに任命した。ボルマンを秘書長にしたのである。・・・平たくいえば、ボルマンを通してのみヒトラーは外界と接触するということだった。・・・いまやボルマンは蜘蛛の巣にいる蜘蛛のように、あらゆる糸を手にしていた。彼は強大な力をもつ特別な地位に昇進した。・・・独裁者はボルマンを最大限の賛辞で持ち上げた。『戦争に勝利するためにはボルマンが必要だ。ボルマンに反対する者は国家に反対しているのだ』」
◆ (p.222) 「ソ連に侵攻する直前、ボルマンは迷って苦しんでいるヒトラーを元気づけて、戦いを開始せよという神意の叫びに従うよう勧めた。ヒトラーは忠実な協力者の言うことに耳をかたむけた。」
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